詠春拳には、わずか三種類の型しかない。
小念頭は、ニ字拑羊馬という中腰のスタンスで移動せず、基本である約20種の手法を学ぶのが目的であるが、次のような段階がある。
〈第一段階〉
約20種の手技を学びながら、下半身の強化を主要目的とする。
手技はパーツ別に学ぶため、それぞれの技を他の技と組み合わせて、如何に使用するか等の基本概念を同時に学ぶ。
〈第二段階〉
従来の筋肉運動を改め、詠春拳独特な力の出し方、及び各技に関わる筋肉の緊張緩和のコントロールや角度を学ぶ。また、実践での物理効果等も教わる。
〈第三段階〉
総合的な緊張緩和のコントロールと生理作用、いわゆる内功を学ぶ。
この段階が成功するか否かで、尋橋や標指が武器にもなれば、単なるアクセサリーにもなる。
尋橋で新しく学ぶ技は、蹴り技とアッパー、肘打ちのみであるが、尋橋は新しい技を学ぶことに目的があるのではなく、小念頭で得た力の連動性を移動のなかで体現していくことにある。
つまり、小念頭では非移動性の運動のなかで力の連動性を練習するが、尋橋では移動しながらその運用方式を身につけることに主眼が置かれている。
中国拳法では、手・腕のことを「橋」と呼び、尋橋とは相手の「橋を尋ねる」ことを意味するが、要するに太極拳のように感覚を伴う接触と粘りの方法を学ぶ型である。
一方、手技自体は複合要素(コンビネーション)が加わるため、小念頭の理解には大いに役立つ。
標指という言葉には「指先を突き出す(これを標という)」意味があるところからも容易に察せられると思うが、空手でいう貫手を多用するのがこの型の特徴である。
しかしこの貫手は小念頭や尋橋の段階で「標指手」という技法名で学ぶので、「標指」そのものは目新しい技法ではない。単に「標指手」が頻繁に型の中で頻繁に演じられるために、〈標指〉と名付けられたに過ぎない。
標指は、実戦時における距離の違いからー近距離・中距離・遠距離ーの各状況に合わせた技法が組み込まれている。とはいってもやはり技術的には小念頭がベースになっていることに変わりはない。但し、距離に関する戦闘概念は小念頭・尋橋が中距離・遠距離に主眼を置いているのに対して、標指は近距離・遠距離に主眼が置かれている。また、至近距離からは肘技を多用するのも標指の特徴である。
本来、標指で習得しなくてはならないものは「この距離ではこの技法を使う、或いは使わなければならない」といった事ではなく、心理・生理に基づいた戦略方法であり、この理論を型を通じて体得していくところにあるが、小念頭の段階的基礎がなければ、永久に習得できない。
もっともこの理論・方法も決して奇想天外なものではなく、非常に単純なものである。
(川村祐三先生 著述より)
小念頭